2021-01-01から1ヶ月間の記事一覧

人生をゲームとして生きる人は、勝っても負けてももう一幕の「不要な悲劇」として死を迎え、臨終時には払いきれない請求書を、支払うことになります。不善を恥じ、不善な行為の結果を恐れる心は、高貴な人だけが持つ善き性質です。思想哲学ではなく篤い信仰…

信仰と仕事や信仰と家庭を、心の中で二律背反的に共存させると、双方にとって不幸な結果となります。信仰が毛細血管のように、仕事や家庭の隅々まで行き届くよう、深い信仰の具現化として、仕事を行い、家庭を営んで下さい。そうすれば一点の穢れもなく、ダ…

仏法宣布の秘訣とは何か?一点の穢れもないダンマの為に働くこと。いかなる妥協も迎合もあってはならず、そうする必要もありません。Virati:すなわち正しい想いを以て、正しい言葉を語り、正しい行いを為す。そうすれば真理は必ず顕現されるのです。菩提心…

中道とは二辺を離れる事で生ずる超越道を意味します。ダンマの様々な階梯で、中道は神秘的な真理を示します。この精妙な理法は仏教全体の支柱です。故にお釈迦様は初転法輪の最初に、中道を宣言されました。例えば貪と瞋の二辺を離れ、善心を生ぜしむる事は…

合掌(añjali) は私達の菩提心の種を包み、育み、至聖へと運ぶ最勝の宝珠です。不善心で合掌して自身を欺いてはいけません。かけがえのない菩提心を至心に合掌で包み、三宝に、自身に、善友に、師に、惜しまず捧げて下さい。涅槃に至る時、合掌は開花し白蓮…

本当の喜びは、本当の幸せは、どこから来るのか?与え、与え、与え尽くすことによって、尽くし、尽くし、尽くし切ることによって初めて、一点の汚濁もない澄み切った幸せが得られるのです。自利を得ようと貪れば心が汚れます。他を利する手放しの思いだけが…

いや、~と、相手を否定する姿勢で会話を続ける人がいます。相手の話を聞いていない証拠です。実はその人も世の中の事をほとんど知りません。私達は心の1/3をFree Spaceとし、聞いた事は取捨せずそのまま保存しておきましょう。さもないと私達は聞きたい事だ…

人生の失敗は未来の読み違いによって生じます。未来を知らないのに予測して判断を下せば、必ず間違えます。未知の事はBlackboxに入れて判断しないこと。今この瞬間に五門で知覚する対象だけが真実です。その真実をあるがままに認識し続けていけば、未来へ続…

おお、わが最愛の師、世尊よ、どうか私の心が、いつも清らかでありますように!涅槃を希求する菩提心が日々、私の胸に燃え盛りますように!どうか私に力をお与え下さい!様々な艱難辛苦を乗り越えていく勇気を、私にお与え下さい!どんな時もあなたを忘れな…

同時代のジャイナ教やバラモン教の戒律と比較すれば一目瞭然ですが、お釈迦様在世当時の仏教は、規則に縛られない、自由精神の為の修行道でした。他律ではなく、自らの行動を自らの意志で律していく事が、Vinaya(律)の本懐です。これは私の信念です。故に…

人の善意に触れると、隠れた欲を満たせると踏んで、その善意につけ込んでくる人達がいます。人間界は実に不完全です。不善で理不尽です。では善意を差し出すのを止めますか?いえ、そのまま、やさしくしてあげて下さい。私達にとって大切なのは、三宝の元で…

今回だけは本当に違います。敗者を予定調和でおさめる、いつものゲームではありません。行苦を随念する絶好の機会です。悪行で利得した者が、ついに悪趣に堕ち行く業法を、眼ある行者はしっかり観察して下さい。天神の加護に随喜し、輪廻世界からの厭離・離…

正見のない心は、一切の対象に対して渇愛をたぎらせています。目前の対象が好きか嫌いか、必要か必要でないか、興味があるか無関心かは貪や瞋の反応ですが、それらの生起は微細な渇愛を因とすることを観察して下さい。どんな対象にも飛びついていく渇愛によ…

托鉢では肉も魚も何でも拒まずにいただきなさい、と釈尊は説かれました。また高温多湿のインドで蔓延する食中毒対策として、いただいた食物は午前中に食べよ、とも説かれました。釈尊が食事による健康法として、唯一注意されたのは、知足知量、すなわち徹底…

集団的酩酊状態では貪瞋痴の基準が甘くなり、加害行為へのハードルが大いに下がります。「善行楽果・悪行苦果の理」を恐れぬ傲慢さが、いつしか心を支配してしまうのです。何れにせよ果実が熟せば、逃れられぬ業の鉄槌が下ります。誰であれ不善を為した者は…

暴風雨は庭草の先端の僅かなざわつきから始まります。世の中に異常な事が起きている場合、どんな小さなサインも見逃さず、「極めて異常である」とあるがままに認識して下さい。それに対して怒りを生じさせても益はありません。それは日常的な些細な不具合に…

一切は無常ですから、やがて仏教も形骸化し腐敗して、人間界から消滅するでしょう。そうなれば真摯な修行者は皆、天界へ転生していきます。相当永い間、人間界や四悪趣はダンマを学べない境界となり、有情の苦しみは増大するでしょう。故に私達は一刻も早く…

修行者は内的なFreedom fighterです。煩悩の呪縛からの自由をめざし、心を解放すべく飽くことなき戦いを続ける魂の戦士です。強烈な前進力を得る為に、歴史的事象を自身の内的な戦いに当てはめてみる、自由を勝ち取った好みの英雄に、善友として心に住んでも…

ダンマを伝えよう、疑問に答えよう、としてはいけません。自分の経験だけを謙虚に語ってください。私はこのような経験をした、と話せばよいのです。自分の意見を語ってはいけません。経験という事実だけを話し、他の人達の経験も聞くように薦めるのです。そ…

いくら盤石な基盤に守られているとしても、一切は崩れ去る運命にあります。予期せぬ時に予期せぬ形で、突然あっけなく崩壊します。昨日までの日々が明日へ続かない。その無常性から目を背けて、一体どんな幸せがありますか?それが仏教でいう苦です。苦の消…

夜明けの直前はとても暗いですが、太陽はもうそこまで来ています。賢明な決断をしましょう。私達の心は常に自由であるべきです。もしあなたの師や先達が規則であなたを縛るなら、彼等から離れて下さい。師の仕事はあなたを自由にする事です。心が自由になれ…

つかんでいる執着の対象が消滅すれば、苦しいと感じます。手放しているはずの刺激的感覚対象が、眼の前で生起すれば、心はそれを知覚しながら、一瞬揺らぎます。苦を感受する危険をそこに見るからです。娑婆世界に生きる事は、このような粗雑な苦の連続的流…

できるだけ沢山の人を幸せにしましょう。どんな小さな事でもいい、一日に三回、周りの人を幸せにしましょう。人を喜ばせる計画は私達をワクワクさせます。見返りを期待しなくても、福徳は何倍にもなって私達に返ってきます。一番遅くても、私達の臨終の時、…

暗記教育は古くさく、役に立たないという人達は、何も分かっていません。自分でも避けてきたので、その力を体験していないのでしょう。年を取っているからこそ、暗記するのです。学習障害があるからこそ、暗記するのです。暗記は教育の中で最も重要な支柱の…

明確な害意で多大な損害を被った、責められるべきは先方、義は当方にある、反撃する機と方法も得た、人々の共感も得ている、そんな状況でもおそらく、お釈迦様は何もなさらないでしょう。「和を以て貴しと為す」。この言葉の意味は大変重いものです。これを…

一切の情報は六門から入力され、その反応は身口意の三門から出力されます。身口意の三業は善心を縁とする時のみ、是認されます。故にいかに好ましくない情報であれ、仏教者は善心で反応します。いかに逆境であろうと、いや逆境であればある程、菩提心が心に…

人生の勝者地上の富の半分を得た人も、一切を失い絶望の淵に堕ちた人も、多くの人に愛された人も、身よりなき孤独な人も、死に臨んでは無常・苦・無我の足のすくむ深淵に、召し捕られていきます。四果を得た聖者と、菩提心の涙で転生する修行者だけが、万人…

我見に翻弄された者は、世界で貪瞋痴を実現せんとし、力及ばぬとあらば世界に背を向け、自らの箱庭に逃げ込みます。一方、仏教者はこの世を骨の髄まで厭い、輪廻の中で苦しむ有情に涙し、慈愛の手を差し伸べるのです。善人悪人の区別はありません。それが仏…

「道」と呼ばれる一切は、真似る事から始まります。「ならう」とは「まねる」に他なりません。先ず習得すべきものを、完全にコピーし暗記しなくてはなりません。初心の段階で「私の個性」や「私らしさ」というものは存在しません。それは道の熟成の最終段階…

禅定の一時的至福は、各刹那、新たな所縁を知覚しなくてよい平安がその本質です。もし如何なる所縁も生起しなければ、絶対的至福が得られます。凡そ原因があって生起する一切の所縁は苦です。生起がなければ苦はありません。各刹那に表象するこのダンマに気…