今回だけは本当に違います。
敗者を予定調和でおさめる、
いつものゲームではありません。
行苦を随念する絶好の機会です。
悪行で利得した者が、
ついに悪趣に堕ち行く業法を、
眼ある行者はしっかり観察して下さい。
天神の加護に随喜し、
輪廻世界からの厭離・離貪を、
しみじみと希求して下さい。
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集団的酩酊状態では貪瞋痴の基準が甘くなり、
加害行為へのハードルが大いに下がります。
「善行楽果・悪行苦果の理」を恐れぬ傲慢さが、
いつしか心を支配してしまうのです。
何れにせよ果実が熟せば、
逃れられぬ業の鉄槌が下ります。
誰であれ不善を為した者は、
自らの業果を受けねばなりません。
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暴風雨は庭草の先端の僅かなざわつきから始まります。
世の中に異常な事が起きている場合、
どんな小さなサインも見逃さず、
「極めて異常である」とあるがままに認識して下さい。
それに対して怒りを生じさせても益はありません。
それは日常的な些細な不具合にすぎないと、
看過してもいけません。
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一切は無常ですから、
やがて仏教も形骸化し腐敗して、
人間界から消滅するでしょう。
そうなれば真摯な修行者は皆、
天界へ転生していきます。
相当永い間、人間界や四悪趣は
ダンマを学べない境界となり、
有情の苦しみは増大するでしょう。
故に私達は一刻も早く
修行を確立する必要があるのです。
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修行者は内的なFreedom fighterです。
煩悩の呪縛からの自由をめざし、
心を解放すべく飽くことなき戦いを続ける
魂の戦士です。
強烈な前進力を得る為に、
歴史的事象を自身の内的な戦いに
当てはめてみる、
自由を勝ち取った好みの英雄に、
善友として心に住んでもらうのも、
とてもよい方法です。
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夜明けの直前はとても暗いですが、
太陽はもうそこまで来ています。
賢明な決断をしましょう。
私達の心は常に自由であるべきです。
もしあなたの師や先達が規則であなたを縛るなら、
彼等から離れて下さい。
師の仕事はあなたを自由にする事です。
心が自由になれば、
正しい道が自ずと見えてきます。
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つかんでいる執着の対象が消滅すれば、
苦しいと感じます。
手放しているはずの刺激的感覚対象が、
眼の前で生起すれば、
心はそれを知覚しながら、
一瞬揺らぎます。
苦を感受する危険をそこに見るからです。
娑婆世界に生きる事は、
このような粗雑な苦の連続的流れに
身を置くことに他なりません。
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できるだけ沢山の人を幸せにしましょう。
どんな小さな事でもいい、
一日に三回、周りの人を幸せにしましょう。
人を喜ばせる計画は私達をワクワクさせます。
見返りを期待しなくても、
福徳は何倍にもなって私達に返ってきます。
一番遅くても、私達の臨終の時、
膨大な祝福として必ず返ってきます。
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明確な害意で多大な損害を被った、
責められるべきは先方、義は当方にある、
反撃する機と方法も得た、
人々の共感も得ている、
そんな状況でもおそらく、
お釈迦様は何もなさらないでしょう。
「和を以て貴しと為す」。
この言葉の意味は大変重いものです。
これを実践できる人は正に精神の英雄です。