仏の言葉を聞き、歓喜して受け入れ、随念し、
ダンマの光を心に再現するのは、
あなたの仏性です。
知識や思考ではありません。
文献学で仏教を知ることはできません。
謙虚に仏様を想う菩提心があれば、
それで十分です。
もしなければ修行はできません。
どうか真心を込めて三宝に向かってください。

犬に仏性はありますか? あります。
しかし悪行を繰返すが故に、
犬の姿に転生しているのです。

仏性は顕現しておらず、故に犬はそれに気づかず、
煩悩に囚われ、無明の中をさまよいます。

あなたの仏性はどうですか?
その答えを言葉にすると壊れてしまいます。
沈黙を守り、それを生きてください。

思い出す度に苦しくなる記憶を、
他人にまつわる出来事と捉える事ができれば、
Dosaの抑制に大変役立ちます。
自我は何層もの薄い皮膜でできています。
自分を主人公としてではなく、
単なる第三者として客観的に観察する視点を得れば、
自我の皮膜の一枚を、
剥がれやすくすることができるでしょう。

過去や未来や他人について、
考えないのが一番です。
どうしても考えてしまうのなら、
よいことだけを考えましょう。
苦しかったことより、嬉しかった出来事を、
未来の不安ではなく、夢や希望を、
人から受ける苦よりも、喜びを思い、
その感情を楽しんで下さい。
そうやって心を奮い立たせましょう。

修行完成者の心には、
正思惟だけが生起します。
修行完成を目指す真摯な求道者もまた、
正思惟だけを心に持つよう修行します。
正思惟とは何か。
Inner Cry ―
息もできぬほどに燃え上がる菩提心の涙。
Outer Smile ―
一切の生きとし生けるものの為なら
身を賭す事も厭わぬ限りなく深い無常件の慈愛。

過去からも未来からも、
何も借りてくる必要はありません。
今あなたは入息し、
今あなたは出息する。
その一瞬一瞬が、
まさに奇跡の瞬間です。
そこにすべてがあるのです。
あなたの心を充たす
あの神聖な菩提心
涙がこぼれ落ちんばかりの
あの清らかな信。
どれもがみな出世間のリアリティです。

あなたも最後には自力で一歩一歩、
登っていくことを決意しなければなりません。
それが最高の高みに至る唯一の方法です。
人脈や法統、知識や才能が、
あなたを頂上へ導くことはありません。
精神の貴族への道は孤独な獣道です。
生涯、他の権威におもねる事なく、
自ら最善の者とならねばなりません。

世界では数え切れない程の、
理不尽な事が起こっています。
しかし怒りで行動を起こせば、
相手の怒りを誘発し、
終わり無き害意の連鎖が生じてしまいます。
害意では問題は解決しません。
いま手元に具体的な方法が見つからないとしても、
唯一確かなことは、
智慧と愛でしか問題は解決しないのです。

断崖絶壁に追い詰められて銃口を向けられたら、
信ある者は殺戮者ではなく釈尊を必死に呼ぶでしょう。
心の底から絞り出すように、涙をボロボロ流しながら、
「お釈迦様! 助けて下さい!」と泣き叫ぶ。
そのように泣き叫んで初めて三宝が動きます。
泣き叫んだことがない人は未だ信仰を知りません。

世間法の愛は、昨日と明日と自分を掴み、
非愛の対象に依存して、愛する対象を掴みます。
出世間の愛は、昨日と明日と自分を離れ、
愛の対象と非愛の対象との境界線を失い、
一切を今この瞬間にいとおしみます。
前者は渇愛、後者は慈愛と呼ばれます。
心を慈愛で満たしていくこと、
それが仏教です。

根本原理を熟知していなければ、
最先端には至りません。
大樹は天に向かって伸びれば伸びるほど、
地中深く根を張っていきます。
仏法を学ぶ真摯な求道者が、
その意味を理解し、暗記し、読誦し、
現象の中にその表象を見いだして随念する時、
お釈迦様の真意から、
一瞬たりとも離れてはなりません。

子供達の心はシンプルです。
人の善意を疑うことなく信じ、
何でも興味深く受け入れ、
心も身体も喜びを求めて、
はち切れそうです。
なぜ大人はあのシンプルさを、
思考で汚す事を教えるのでしょうか。
内的平和を求めて八正道を歩む時、
あのシンプルな心にこそ、
一切の善きものが育まれるのです。

強い信仰心を持って生まれた方は、
智慧でバランスを取ることで、
信を完成することができます。
鋭い智慧を持って生まれた方は、
慈悲でバランスを取ることで、
智慧を完成することができます。
深くて広い慈悲を持って生まれた方は、
禅定でバランスを取ることで、
慈悲を完成することができます。

定義の不一致と不正確さ、
論点の不一致と移動、
論理の曖昧さは、
言語に本源的に内在する欠点です。
言葉で伝えようと思えば、
誤解、曲解、詭弁のリスクを、
同時に受け入れなくてはなりません。
伝えたいものは言葉ではなく、
言葉を超えた何かです。
言葉はそれを伝える補助手段に過ぎません。

仏教の道を歩もうとする人が、
まず最初にするべきこと。それは、
自分の周りの人を幸せにすることと、
他人を一切傷つけないことです。
自分の置かれた場所で、
善き人になるよう全力を尽くすのです。
それができないなら、
いくらダンマを学ぼうが、瞑想をしようが、
あなたは仏教徒ではありません。