言葉や行動の領域では、
怒りを表明することが、
最も危険です。
自他を刃物で切りつける程、
危険です。
心の領域では、
「私、私」と私印をありとあらゆる物に
貼り付けたり、
「私の箱庭」を熱心に夢想することが、
最も危険です。
どんなに熱心に修行しても、
彼はその一点の故に解脱できません。

毎日随念を修習するとは、
日々随念の所縁や手順、
思惟の方法を繰り返し確認し、
新たな所縁を試して練習を重ねる、
という意味です。
一方、随念の霊感はいつでも、
どんな場所でも、どんな所縁に対しても
突然訪れます。
その時あなたは何を置いても
随念しなくてはなりません。
随念は24/7です。

人生を賭ける大きな仕事を成す時は、
大局的視野とミクロ的視点の両方を、
同時に持つようにして下さい。
大切なのは長い時間をかけて、
ミクロの仕事を丹念に精密に、
積み上げていくことです。
大局的視野は最初は借り物でも
構いません。
各部品の高い精度があって初めて
全体が美しく機能します。

自ら求めていたのとは
異なる現象が出現した時こそ、
心を成長させる絶好の機会です。
起きた現象をありのままに受け入れ、
わが心にとって何が最善かを知り、
すぐに対応していきましょう。
たとえ遠回りに見えても、
戦略ではなく
愚直なまでの善なる道が、
すべての人々にとって
最善の道なのです。

この人生はただ一度のものではなく、
無始無終の輪廻の一コマにすぎません。
天国も地獄もないのではなく、
上に26層、下に4層の境界があり、
業と業果の法則に従い
様々に転生流転していくのです。
その事実を禅定と慧眼により明かに観る時、
私達の心から慢心は消え、
清らかな謙虚さが芽生えます。

この世を浄美と見誤って生きる人は、
渇愛を肯定します。
感覚を楽しみ、食事を楽しみ、
貪り、慢心し、討死します。
この世の不浄を見抜いた人は、
渇愛を厭い、
感覚を鎮め、食事を節制し、
貪欲に危険を見て、
自他に対する謙虚さを貫きます。
この生存を常住・常楽・真我と
見誤ってはなりません。

社会で生きていく以上、
人と接する事は避けられません。
常に温厚で、冷静沈着、
ゆっくりと話し、正しく装い、
何事も誇張せず、相手を敬い、
控えめを旨とする。
その上で、
確固たる自らの流儀を守り、
気分で変わることがない。
そんな風に生きることができれば、
自ずと信用を勝ち得るでしょう。

私達はみな不完全です。
煩悩に翻弄され
過ちを犯すかも知れません。
平凡な頭脳、脆弱な意志。
手に職もなく、お金もない。
私達が置かれた状況は
理想から程遠く、
将来の夢も実現しそうにありません。
それでも大丈夫!心配ありません。
菩提心さえ燃えていれば、
私達の未来は明るく輝いています。

この輪廻の世界に本源的に内在する
Saṅkhāra Dukkha(行苦)を直接感受すると、
逃げ場のない苦の深い闇に、
身震いし足がすくみます。
その時ひとは世俗的な一切の希望を失います。
でも心配はいりません。
輪廻を厭い、不死の甘露に至りたいとの熱望の光が、
代わりに目映く光り輝き始めるのです。

人のせい、状況のせい等、
いつも自分以外のせいにばかり
している人は、
世間でも出世間でも、
決して成功できません。
過去に自分が不当な仕打ちを受けた等と、
しつこく言い続けていても仕方ありません。
もういいじゃないですか!
成功する人はいつでも、
元気に明るく積極的に前進するのです。

文字の知識を離れ、
現象を在るが儘に見て下さい。
心が瞑想的寂静に住していますか?
一切の思考が鎮まっていますか?
如何なる先入見も幻想も
受け入れないで下さい。
そうすれば如実に真理が見えてきます。
性味象因もその真理を是認してくれます。
無常・苦・無我の三相は
このように了知します。

そっと目を閉じ、
静かに息を吸い、静かに息を吐く。
しばしの間、決して不善な想いを
生起させないと決意し、
静かに息を吸い、静かに息を吐く。
息が入る。息が出る。
なんと瑞々しい感覚だろう!
瞑想の肝は方法でも目的地でも
ありません。
今この瞬間の心の状態です。
ただ坐る、それが瞑想です。

「今この瞬間に気づかなくては!」
「目の前にあるこの現象を、
あるがままに観なくては!」
「さあ、頑張れ、しっかり気づけ!
今この時を、この場所を、この感覚を!」
もしあなたがこんなふうに
気づきの瞑想をしているなら、
完全に間違っています。
それは不善心であり、気づきではありません。

何年も前に受けた酷い仕打ちを
思い出し、蒸し返し、
怒り、苦しむ。
しかしあなただって、
完全ではなかっでしょう?
過去は既に過ぎ去っており、
書き換えられません。
過去の遺恨に汚されて生きるのは、
不善な自傷行為です。
今この瞬間だけに心を向けて生きれば、
必ず幸せがそこに見つかります。

この人生でできる最上のことは、
苦の元凶である輪廻を超越し、
不死なる甘露、永遠に続く
静寂な至福に至る事です。
その道は中道と呼ばれ、
八つの聖なる道からなり、
諸悪莫作・衆善奉行・
自浄其意を実践します。
私達は先ず教えを忠実に学び、
次に止観行で一つ一つ
実際に確認していくのです。