ひとは直感的に物質も身体も心も感情も、
継続的に存在していると捉えてしまいます。
これらの主体が存在するという見解、或いは
存在しないという見解を持っている限り、
苦から解放されることはありません。
聖者は存在と非存在の相互依存の縁起関係を
完全に了知するが故に苦から解放されるのです。