2019-08-24 ■ 不快を感受する時、明らかに外因に依るように見えても、実は自らの過去の不善業の結実に過ぎず、真の因は内にあると知らねばなりません。内因を外因と取り違える時、それは悪意(Vyāpāda)と呼ばれます。悪意の故に他を攻撃せんとすれば、害意(Vihiṃsa)という四悪趣への道に堕ちていきます。