不善業の果実はまとまって
畳みかけるように結実する傾向があります。

それは暴風雨のようなものですから、
一般的には収まるまで動かず
平静な心で待つのが得策です。
しかし智が熟した修行者は、
不善業果から如何に善心を繰り出すかに挑戦します。
絶望的な憂いから涅槃への希求を紡ぎ出すのです。