取捨選択の傾向性が心奥に残っている限り、

あるがままに現象を識別することはできません。

私はこうなりたい、こうあるべきだという謬見が、

完全に沈黙しない限り、

五蘊の無常・苦・無我を看破することはできません。

何も積み上げず、追い詰めず、

完全放棄した心にだけ、実相はその姿を現します。